うなぎは、店先の煙でわかる。タレの焦げる甘い匂いが先に届いて、それから炭の香ばしさが追いかけてくる。土用の丑の日は、その匂いが一年でいちばん濃くなる日だ。 ただ、私はこの記事で「うなぎを食べましょう」とだけ言うつもりはない。なぜこの日なのか、なぜ高い(はずなのに今年は安い)のか、そして奮発しない日に何を食べると夏が楽になるのか。日付と数字はひとつずつ確かめ、由来は「俗説」と「事実」を分けて書く。最後まで読めば、丑の日の食卓を自分で組めるようになる。「名店リストより、もう一度行きたくなる一軒を。」——それが私の選び方だ。
そもそも土用の丑の日とは——2026年は7月26日、一の丑のみ
「土用」は季節の変わり目の約18日間を指し、立春・立夏・立秋・立冬の直前にそれぞれある。夏の土用はいちばん暑い時期に当たり、その期間中に十二支の「丑」が巡ってくる日が「土用の丑の日」だ。12日ごとに丑が来るので、18日間の土用に丑が2回入る年もある。1回だけなら「一の丑」、2回あれば前を「一の丑」、後ろを「二の丑」と呼ぶ。
2026年夏の土用の丑の日は7月26日(日)。今年は丑が一度しか巡らないため一の丑のみで、二の丑はない。日付を一つだけ覚えるなら、この7月26日だ。スーパーや専門店の値段と混雑は、この日と前日(7月25日)にぐっと跳ね上がる。混雑を避けたいなら、丑の日そのものより数日前後にずらすのが現実的だ。
ちなみに土用は夏だけではない。2026年なら春が4月21日、夏が7月26日、秋が10月30日、冬が翌2027年1月(一般に1月下旬)にあたる。「うなぎ=夏」のイメージが強いのは、後で触れる夏の販促が効いているからで、暦の上では年に複数回ある。
なぜうなぎを食べるのか——平賀源内の「俗説」と、栄養という事実
丑の日にうなぎを食べる由来として最も有名なのが、江戸時代の蘭学者・平賀源内の話だ。夏に売れず困っていたうなぎ屋に源内が「本日、土用の丑の日」と店先に貼り出すよう助言したところ繁盛した——という筋書きである。ただ、これははっきり「俗説」だと押さえておきたい。一次史料で裏づけられた話ではなく、真偽は定かでない。よくできた広告キャンペーンの起源譚として語られているもので、史実として断定するのは正確ではない。
一方で、夏にうなぎが理にかなっている部分は事実に近い。うなぎは脂質とたんぱく質、ビタミンA・B群が豊富で、食欲が落ちる暑い時期に効率よくエネルギーと栄養を補える。「精がつく」という言い方は科学用語ではないが、栄養価の高い食材であること自体は確かだ。ただし脂は重いので、胃が弱っているときに無理して大食いするものではない——ここは正直に言っておく。
面白いのは、本来うなぎの旬は脂がのる秋から冬だということ。つまり「夏のうなぎ」は旬の味というより、暑さを乗り切るための栄養と、丑の日という年中行事が結びついた文化的な習慣だ。旬を厳密に追うなら秋、行事として味わうなら夏、と割り切るとわかりやすい。
蒲焼か白焼きか、関東か関西か——味の設計図で選ぶ
うなぎの楽しみ方は、まず「タレで食べるか、素材で食べるか」で分かれる。ここでは選ぶ基準を先に置く——(1)味の濃さ、(2)うなぎ自体の風味の出方、(3)初めての人への向き不向き、の三点だ。蒲焼は甘辛いタレを重ねて焼いたもので、ごはんが進む濃い味。白焼きはタレを使わず素焼きにし、わさび醤油や塩でうなぎ本来の身の甘みと脂を味わう。初めてなら蒲焼が間違いがなく、白焼きはうなぎの風味そのものを確かめたい中〜上級者向け、と私は案内している。
盛り付けでは、重箱に入ればうな重、丼ならうな丼。中身のうなぎは同じでも、うな重のほうが量も値段も格上のことが多い。そして名古屋のひつまぶしは、おひつのごはんに刻んだ蒲焼を混ぜた一品で、食べ方そのものが趣向になっている——一杯目はそのまま香ばしさを、二杯目は薬味(刻み海苔・わさび・ねぎ)で味変を、三杯目はだし汁をかけてお茶漬けに、四杯目は好きな食べ方で。一皿で三度味が変わる構成は、初めてうなぎを「体験」したい旅行者にも勧めやすい。
もう一つの大きな分かれ目が関東と関西の流儀だ。これも基準を先に——「開き方」「蒸すか否か」「食感」で整理する。関東は背開きにして一度蒸してから焼くので、余分な脂が抜けてふんわり柔らかく、口でほどける。関西は腹開きで蒸さずに直焼きするため、皮目がパリッと香ばしく、身に弾力が残る。柔らかさと上品さなら関東、香ばしさと食べごたえなら関西、という住み分けだ。
- 開き方:関東=背開き/関西=腹開き。江戸は武士が多く、腹開きが切腹を連想させて嫌われた説、関西は商人文化で『腹を割って話す』を好んだ説が語られる(いずれも通説)。
- 焼き方:関東=白焼き後に蒸し、タレをつけて焼く/関西=蒸さずに直焼き。蒸す工程の有無が最大の違い。
- 食感・味:関東=ふんわり柔らかく上品/関西=皮パリッと香ばしく身に弾力。どちらが上ではなく好みの問題。
絶滅危惧種なのに、今年は安い——価格と持続可能性の正直な話
うなぎの話で避けて通れないのが、資源と価格だ。まず事実から。ニホンウナギ(Anguilla japonica)は国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで「絶滅危惧種(EN)」に指定されている(直近の評価は2018年11月、個体数は減少傾向とされる)。長期の獲りすぎ、河川改修による生息環境の悪化、産卵場の特定の難しさなどが背景だ。これは動かない前提として置いておきたい。
ところが、2026年の店頭は少し事情が違う。シラスウナギ(うなぎの稚魚)が約5年ぶりの豊漁で、九州・四国で前年度の2倍以上採れ、稚魚の取引価格は前年比7〜8割安という報道がある。最大の要因は「黒潮大蛇行」の終了だとされる。稚魚が安く多く確保できれば、育ったうなぎの値段も下がりやすい。秋以降、スーパーや外食のうな重が値下がりする可能性が指摘されている(いずれも2026年時点の見通し)。
国際的な規制の動きも触れておく。2025年11月から12月のワシントン条約(CITES)第20回締約国会議で、EUがウナギ類全種を附属書IIに掲載する案を提出したが、第一委員会の採決で賛成35・反対100と否決され、本会議でも見送りが確定した。つまり2026年時点で、国際取引のCITES規制は導入されていない。ただし提案が再び出る可能性は残る——資源問題そのものが消えたわけではない。
ここをどう受け止めるか。私はこう整理している——今年は稚魚の豊漁で『たまたま安い年』だが、種としては依然として絶滅危惧であり、豊漁が続く保証もない。だから「安いから毎週」ではなく、「行事として、丑の日に一度きちんと味わう」くらいの距離感が、結果として身の丈に合う。価格はあくまで2026年時点の目安で、養殖・国産・サイズで大きく動く。安さに飛びつく前に、この前提だけは胸に置いておきたい。
うなぎを奮発しない日に——夏を乗り切る冷たい名物
うなぎが安い年とはいえ、毎日は食べない。むしろ日本の夏の食卓を支えているのは、火を使わず喉を通る冷たい一皿たちだ。ここでも選ぶ基準を先に——(1)手間(早さ)、(2)涼しさ・喉ごし、(3)一食として満足できるか、の三点で並べる。暑くて何も作りたくない日ほど、この基準が効く。
実は土用には、うなぎ以外にも『う』のつく食べものを食べると良いという言い伝えがある。梅干し、うどん、瓜(胡瓜・西瓜・南瓜)などだ。これも縁起担ぎの俗説だが、酸味・水分・あっさりした糖質と、夏バテ気味の体に通りやすい顔ぶれなのは確かで、理にかなった部分はある。うなぎに手が届かない日も、ここに挙げる冷たい名物で十分に夏は越せる。
下のリストは、私の基準で並べた夏の定番だ。順位ではなく、その日の状態(疲れ具合・時間・食欲)で選んでほしい。どれも『神』でも『最強』でもない、ただ夏に体がほっとする、もう一度食べたくなる一皿たちだ。
- 冷やし中華:基準=満足度高め/手間やや多め。冷たい中華麺に錦糸卵・ハム・きゅうり・トマトを彩りよく乗せ、酸味の効いた醤油ダレかごまダレで。具を切る手間はあるが一皿で完結し、たんぱく質も野菜も摂れる。しっかり食べたい昼に向く。
- そうめん/流しそうめん:基準=最速・最涼。茹で時間1〜2分、氷水でしめてつゆにつけるだけ。喉をするりと通る細さが身上で、食欲ゼロの日でも入る。逆に言うと軽すぎて腹持ちはしない——薬味(生姜・みょうが・ねぎ)や具をひと工夫すると満足度が上がる。流しそうめんは味より体験で、子ども連れや人が集まる日に。
- ざるそば:基準=喉ごし+香り。冷たく締めたそばを、わさびとねぎのつゆで。そば粉の香りと喉ごしが涼を運ぶ。そうめんよりは食べごたえがあり、つるりと啜る所作も含めて夏の昼の定番。そば湯まで楽しめる店なら、最後につゆを割って締める。
- 冷やしうどん(ぶっかけ・ざる):基準=もちもち食感+腹持ち。冷水で締めたうどんは、そうめん・そばより太く、噛みごたえと満足感がある。天かす・生卵・大根おろし・すだちなどを乗せれば一食として十分。麺類でしっかり腹を満たしたい日に。
- かき氷:基準=食事ではなく涼の極み。削った氷にシロップ、近年は果実やミルクを使った本格派も。あくまでデザート・間食で、これだけで食事は成立しないが、夏の体温をいちばん手早く下げてくれる。氷の口どけと、頭がキーンとする感覚まで含めて夏の風物詩だ。
